JPYCの発行額見通し:日本円ステーブルコインの現在と未来
- Oshima
- 8月27日
- 読了時間: 7分

JPYCとは?現在の発行規模とユースケース
JPYC(JPY Coin)は日本円に価値を連動させたステーブルコインで、今秋にも日本で初めて正式に発行が認可される見込みです。JPYC社は既に「前払式支払手段」としてのJPYCトークンを発行し、国内ステーブルコイン市場でほぼ100%のシェアを占めています(発行総額は約30億円超)。このJPYCは銀行預金や日本国債を裏付け資産とし、常に1 JPYC = 1円を維持する設計です。
JPYCの主なユースケースとして、以下が期待されています:
· 国際送金:留学生など海外への送金を安価かつ即時に行える
· 企業間決済:企業間の大口支払いを円建てデジタルマネーで効率化
· DeFi利用:分散型金融(DeFi)サービスで円建ての資産運用や融資に活用
またJPYCは個人間送金や小口決済にも利用でき、既存のプリペイド電子マネーと異なりウォレット間で自由に送金可能なデジタル円として機能します。手数料が低く24時間リアルタイムで利用できる利点から、日常の決済や送金インフラのイノベーションが期待されています。
世界のステーブルコイン市場動向
グローバルではステーブルコイン市場が近年急拡大しており、総時価総額は2,510億ドル(約37兆円)に達して過去最高を更新しました。市場の大部分は米ドル連動型トークンが占め、テザー(USDT)やUSDCといった米ドル建てステーブルコインが依然として市場を席巻しています。実際、テザーの発行残高は2023年初から約71%増の1,200億ドル規模に達し、USDCも360億ドル規模に成長しています。こうした米ドル勢の独占状態の中で、円建てステーブルコインの登場は市場の多様化につながると期待されています。さらに2030年までに市場規模が3.7兆ドル(現在の10倍以上)に拡大するとの予測もあり、安定した価値を持つステーブルコインの需要が今後ますます高まる見通しです。
投資家動向を示すオンチェーンデータにも注目すると、取引所へのステーブルコイン資金フローが市場ムードを映しています。例えば、CryptoQuantのデータによれば主要取引所への日次流入額は、ビットコインが過去最高値付近だった2024年12月に1,310億ドルまで達しましたが、その後2025年6月には日次700億ドル程度まで減少しました。これは直近の過熱感が落ち着いたものの、依然として過去数年と比べ高水準の資金流入が続いていることを意味します。一方で、取引所から外部へのステーブルコイン流出も増加傾向にあります。
CryptoQuantのERC20系ステーブルコイン指標では、取引所流出量(7日平均)が約9.26万コインと前週比45%増と急増し、投資家がステーブルコインを取引所から自社ウォレットやDeFiへ積極的に移動させていることが示唆されています。こうした動きは、ステーブルコインが単なる取引所内の待機資金から実経済や分散型サービスで活用される段階へ移行しつつある兆候といえます。実際、取引所におけるステーブルコイン残高の増減はビットコインなど暗号資産価格とも相関し、流動性指標として重視されています。
JPYC発行額の将来予測(短期・中期)
以上のグローバル動向を踏まえ、JPYCの発行額は今後どのように推移するでしょうか。短期(今後1年程度)と中期(今後3年前後)に分けて見通しを考えてみます。
短期(ローンチ後~1年): JPYCが正式に発行開始されれば、まず既存のプリペイド版JPYC(発行済み約30億円)を上回る需要がすぐに見込まれます。個人・企業が電子ウォレットを通じて容易に購入・利用できるようになるためです。初年度は数十億円規模の発行残高に到達する可能性が高く、場合によっては100億円規模に迫ることも考えられます。現にJPYC社はEthereumやPolygonなど主要ブロックチェーン上での展開を計画しており、グローバルなDeFiプラットフォームや海外ユーザーにも利用範囲が広がります。さらに、日本国内ではこれまで取引所で法定通貨価値をデジタルのまま保持する手段が乏しく(今年になってようやくUSDCが一部承認された程度)であったことから、円建てステーブルコインへの潜在ニーズは高いと考えられます。このため、ローンチ直後から送金・決済用途の実証実験や暗号資産取引の待機資金としてJPYCが広く活用され、短期的な発行額を押し上げるでしょう。
中期(今後3年前後): JPYC社自身は3年で約1兆円(約68億ドル)の発行を目指す計画を公表しています。これは年率ベースで飛躍的な成長ですが、グローバルなステーブルコイン市場規模(現在約40兆円規模)から見れば決して非現実的な数字ではありません。もし1兆円達成となれば、現在の米ドル建てステーブルコインで時価総額上位に位置する銘柄(例えばUSDCやDAI)に匹敵する規模になります。キーとなるのはJPYCの実需拡大です。前述の国際送金・企業決済に加え、政策面での後押しや大手金融機関との連携が中期成長を支えるでしょう。実際、シティグループは今後約5年で世界のステーブルコイン市場が10倍以上に拡大すると予測しており、円建てステーブルコインがその一部を担う余地は大いにあります。仮に2030年までに市場規模3.7兆ドルに達するなら、仮に日本円建てがその5%を占めるだけでも数十兆円規模となり、JPYCの発行残高1兆円という目標は保守的とすら言えます。さらに、JPYCにはヘッジファンドや資産運用会社からの関心も集まっています。例えば日本と海外の金利差を利用したキャリートレード(金利差収益狙いの投資)をブロックチェーン上で行う際、円建てステーブルコインはエントリー・エグジット手段として重宝されるからです。こうしたプロ向け需要が開花すれば、発行残高は中期的に1兆円を超えさらに拡大していくポテンシャルがあります。
普及拡大の要因と政策の後押し
JPYCの成長シナリオを現実のものとするには、ユーザーの普及拡大と政策・制度面の支援が重要です。幸い、日本では既に2023年6月に改正資金決済法が施行され、ステーブルコインは「通貨建て資産」として位置付けられて発行主体や裏付け資産のルールが明確化されています。銀行・信託・資金移動業者に発行が限定される厳格な枠組みではあるものの、その分JPYCのような十分な裏付け資産を持つ発行体にとっては信頼性を示す土台となっています。JPYCはこの法制度のもとで初の認可事例となる見通しであり、規制当局のお墨付きによって利用者の安心感も高まるでしょう。事実、JPYCは発行時に自己資金で発行額の101%相当を保全するなど、銀行預金と同等以上の安全性を確保する運用を行う計画です。
こうした取り組みは、かつてのTerra(米ドル連動のアルゴリズム型ステーブルコイン)の崩壊事件などによる不信感を払拭し、ユーザーや当局からの信頼を得るうえで重要です。
また、日本政府・企業側の後押しも徐々に強まっています。例えば、大手ネット証券のマネックスグループは独自の円ステーブルコイン発行を検討中で、SBIホールディングスは米Circle社と提携して日本市場でUSDCの活用を進めています。さらに、SBIとWeb3企業のスターテイル社はブロックチェーン上で株式などをトークン化し24時間取引するプラットフォームを構築中であり、その決済手段としてステーブルコインを組み込む構想です。JPYCもこうしたプロジェクトに参加し、企業財務や証券決済へのステーブルコイン活用(プログラマブル・トレジャリー)を促進すると表明しています。つまり、日本発のステーブルコインを取り巻くエコシステムが官民連携で整いつつあり、JPYCの普及を強力に後押しする基盤ができ始めているのです。
最後に、JPYCが描くビジョンにも触れておきます。JPYCの岡部代表は「円のステーブルコインによって、日本円を世界中の数億人に届けることができる」と述べています。米国は安定コイン促進の法律を制定し、中国もデジタル人民元型のステーブルコインを検討するなど、主要国が法定通貨のデジタル化に動き始めました。そうした中、日本円がJPYCを通じてグローバルに流通すれば、日本円のプレゼンス拡大や国際送金ネットワークの効率化といった経済的メリットが期待できます。現時点でも世界全体で流通するステーブルコイン残高は40兆円超、日々の取引額は20兆円規模に達しています。この巨大市場に円が本格参入する意義は大きく、日本発のJPYCがそのパイオニアとなるでしょう。政策的にも、日本は「まず法整備・インフラ整備を優先し、実需を着実に取り込む」戦略をとっています。JPYCの今後数年間の成長は、その戦略が実を結ぶかどうかを占う試金石ともなりそうです。低コストで安全・透明性の高いデジタル円という価値提案が浸透すれば、JPYCの発行額は論理的裏付けのあるかたちで拡大し、日本のみならず世界のステーブルコイン市場において存在感を示すことでしょう。